遠い山なみの光

カズオ・イシグロの「遠い山なみの光
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やりとりの行間にある違和感が、徐々に結実していって、実際にはそれぞれの中では大きな影を落としていること、それでもなんとか生きていこうともがいている、という感じがする。
例えばそれは、佐智子の「あなた、私をバカだと思ってるんじゃない?」という非常に冷静で、物悲しい一言。「わたしが自分をいい母親だと思うことがあるなんて、考えられないでしょう?」という言葉。これまで読者が、彼女の二転三転する様、やや高慢な態度、その脆さ、気の毒な万里子、そうしたものをひっくるめて自分に言及する様。
子猫を殺す佐知子。
英国に来て、引きこもりになって、最後は自死してしまった景子について思いを巡らせる悦子の回想は、佐知子が悦子自身であったのではないかと思わされるところがある。
訳者あとがきから引用。「…その人生をつつんでいる光は、強く明るい希望の光でも、逆に真っ暗な絶望の光でもなく、両者の中間の「薄明」とでもいうべきものである」。